内藤大助が亀田興毅を挑発!!!

「6回戦レベルと言いたい」ってチャンピオンになったんだからもうちょっと言っても良いような(*´Д`*)

にしても実際の試合見たかったな。3対0で勝利っていうことでしたから。

内藤が亀田に「6回戦レベルと言いたい」

<プロボクシング:WBC世界フライ級タイトルマッチ12回戦>◇18日◇東京・後楽園ホール◇観衆2350人
 「打倒亀田」への執念が、内藤大助(32=宮田)の世界奪取の発奮材料だった。日本王者時代に挑戦を呼びかけた当時18歳の亀田興毅(協栄)に「誰やそれ」と侮辱され、世界に再挑戦した05年10月には、亀田の父史郎氏に「6回戦レベル」と切り捨てられた。世界王座を奪取した内藤は亀田に対して「6回戦レベルと言い返したい」と明言した。
 ベルトを腰に巻いた内藤が、封印していた「亀田」の名前を口にした。「世界王座を取ったのだから、どっしりと構えますよ。今度はこっちが『6回戦レベル』とでも言いますか」。05年10月の前回のポンサクレック戦後、亀田の父史郎氏に「6回戦レベル」と酷評された言葉を、そのまま返した。
 ポンサクレック戦は、同時に亀田家との戦いでもあった。因縁は05年1月にさかのぼる。当時日本王者だった内藤は、東京初進出を発表した18歳の注目ホープ亀田興毅にマスコミを通じて対戦を呼び掛けた。しかし、その反応は屈辱的なものだった「誰やそれ? まったく興味ないわ」。
 05年4月には内藤が挑発した。日本王座2度目の防衛戦でタレント波田陽区をまねたポスターを作成。「逃げられて、残念! たまには日本人とやろうよ… 斬り」との活字で再び対戦を呼び掛けた。しかし、その後も亀田家は内藤を無視し続けた。今回の試合も「時間の無駄」と観戦にも訪れなかった。
 3度目の世界挑戦が決まってから、内藤はあえて亀田の名前を出さなくなった。自分が世界王座をつかみさえすれば立場が逆転することは分かっていた。だから世界戦だけに集中した。「あっちが(戦いたいと)言ってくるまで待つ」。試合後、内藤は余裕の表情でそう言った。ヤフーニュースより引用http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070719-00000043-nks-fight

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このページは、schideが2007年7月19日 16:14に書いたブログ記事です。

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